「おい、一眼国って知ってるか?」
佐藤ディレクターが歩きタバコでやって来て、昼飯を食っている俺のテーブルの前に座りながら言った。 俺は、碧壁した感情を表情に出さないようにしながら答える。 「イチガンコク……って何です?」 昼時で込み始めているのに、佐藤Dは横柄な態度で足を組んで椅子に座り、他人を無視して喋りだした。 「おい、田中。お前ってやっぱりバカだな。そんなことも知らねえのかよ。やっぱり馬鹿だな、おい」 佐藤Dの『おい』『馬鹿』はいつもの口癖で、俺は苦笑いを浮かべながら軽く頷いていた。佐藤Dは、俺のお茶の入った湯のみをとって、ぐいっと飲み干した。まあ、いつもの事だ。 「おい、本当に知らねえんだな?」 佐藤Dは、疑り深い目で俺の視線に合わせた。あまり小ばかにした態度も良くない、要らぬ不興をかっては損だから少し明るめに答えた。 「あははは。本当に知りませんよ。本当ですって……。で、何です?」 佐藤Dは、若干ほっとした表情を浮かべた。俺は、佐藤Dの最初の一言で大体読めていた。 俺は入社3年目のカメラマンでかつアシスタントディレクター(AD)も兼ねている。ADとはいっても要するに雑用だ。佐藤Dは、編成統括部長も兼ねており部署フロアでは一番偉い。だからかは別として、今どきの求められる上司っていうのをいつも逆に行っているのだった。禁煙場所で歩きタバコに、横柄な態度などなど。理屈含めで言い返さない俺を、使い走りとして気に入っているようだ。まあ、だから多分……辺境の地にでも一人で取材に行け。といういつものやつだろう。 佐藤Dは足を組みなおしながら、二本目の煙草に火を付けて話しを続ける。 「一眼国ってのはな。まあ、落語の話のことだが。かいつまんで言うとな……」
『江戸時代に日本中を旅している、見世物などを生業としている興行師が居て。何か物珍しいものを探していた。ある時、噂話を聞いた。人里離れた草原に”ノッペラ顔で額に目が一つの一つ目小僧”が現れて、旅するひとを驚かすという。周辺の村人は怖がったが、その興行師はその話に飛びついた。一つ目小僧を捕まえて、見世物に出したら、大人気を博して大儲け間違いなしだと。興行師は、さっそく出没する草原に向かった。直ぐに、一つ目小僧が現れて、興行師はにんまり。と思っていたら、どこからともなく大勢の人が集まってきて捕まってしまった。代官所に引っぱられ、居並ぶ役人の顔を見ても、みんな一つ目。周囲の人々も全員。役人が言った。 ……二つ目とは珍しいな。調べは後回しだ。早速見世物に出せ……』
「とまあ、こんな話だ。ということで、おい、田中。お前早速、南米のA国の奥地へ行って来い。で、これが資料だ」 佐藤Dは、俺の顔に向かって数十枚程度の資料をバサッと投げつけた。俺は、少し不機嫌な風に答えた。 「でも。先週、俺はアフリカに行って戻ってきたばかりなんですよ……。それに、今どきグローバル世界でネット社会だってのに『一つ目』って。多分、A国奥地にそういう噂があるっていうのでしょう?」 佐藤Dは、立ち上がりながら、言うことだけ言ったので興味を失ったように無碍に言った。 「おい、よく解ってるじゃないか。勿論、いつものように単独でな。航空券も既に取ってある。夕方の便だ。直ぐに出発しないと、乗り遅れるぞ。早くしろよ。情報はすべてその資料にあるから長い道中にでも見ておくんだな。臨機応変に取材しとけよ。じゃあな」 佐藤Dは、そう言って離れ際に切符をピラッと俺に落として去っていった。 俺は、航空券の出発時刻を見て、それから柱時計を見た。まったく……。いつもギリギリで指図するんだよな。人の迷惑も顧みず。ネットで調べる時間も家に帰る時間も無いようだ。まあ、いつものことだが。
……というわけで、俺は今、南米のA国の奥地にある、例の噂の村の入り口にいる。 慌しくカメラ機材の準備をして、タクシーに飛び乗ってから、七十二時間。苦労して辿り着いた……まあ、SSなんで楽なもんだ。
標高が数千メートルで、乾燥地帯。土がぱさぱさに乾いて赤い。全体的な風景は、赤土色の世界だ。緑の木々は有ることには有るが少ない。村の入り口の取ってつけたような雑な組み方の丸太の門。向こうには木造の古びた家々が数十件ほど見える。 『しかし……暑い。いや、熱い。の方が正しいか』 南米特有の灼熱の太陽が、真上に昇り。頭のてっ辺から熱を振り落としている。厚手の帽子では効かない。俺は、目を手でかざしながら真上の太陽を扇いで見た。 『サングラスが欲しいな。買っておけば良かった』 目線を下げると、既に人がそこに居た! 眼の前に! いや目線の下に! 俺は少しドキッとなったが、でも子供だった。五、六歳だろうか? 地肌は日焼けした茶という感じで、割と普通の服装……というかTシャツとジーパンだった。 おお。まさか早速、一つ目小僧のお出ましか!? なんて冗談ぽく思ってみたが。その子供の顔をみたが、目は二つある……ようだ。というより何故かサングラスを掛けて、俺を見上げている。興味深深というキョロキョロとした仕草で俺の姿や、背中の重い大きな機材や、既に構えているカメラをしきりに見ている……ようだが、真っ黒なサングラスの表面で子供の表情が見えない。 サングラスっているよりは、少し大きめの水中眼鏡のような構造をしている。ああ、日本でも花粉の季節にみたことがある眼鏡だ。真っ黒というのは初めてで、しかもここまで来る道程でも一度も見たことがなかった。 「やあ。はじめまして。こんにちは。おじさんは日本から取材できたんだ。君、名前は?……」 俺は、カメラのファインダー越しに子供を見ながら言った。A国の都市部であれば何度か来ているし、日常会話であれば何とか話せる。しかしかなり田舎だったから”訛り”がある場合はどうだろうか……。 「……」 子供からの返事は無かった。かわいい子供を手なずけておけば、子供をつてに案内人になるし映像的な”絵”にもなる。俺は、ポケットから用意しておいた飴玉を取り出した。 俺の背筋に、ゾクッという悪寒が走った。 ファインダー越しの子供の映像にも影が。俺の背後に、人の気配を感じる。俺が中腰の状態から立って、カメラを外すと、俺の周りを人が囲んでいた。 十五、六人の大人たちが俺を取り囲む。全員がサングラスを掛けている……。 皆表情が堅い。俺は、身の危険を感じた。もちろんここは、笑顔で対応するのが基本だ。 「やあ。初めまして。こんにちは。私は日本から来た日本人です。取材のために来ました。どうぞよろしくお願いします」 あっ。子供が、俺の手にあった飴玉をもぎ取り、走って行ってしまった。 ガチャリ。ガチャリ。ガチャリ。 俺の周りの五、六人の男がライフルを構えて俺に向けた。俺は、恐怖心でヒイイっとなったが、表情は務めて明るくニコニコっと振舞った。しかし妙だ、どの男の銃口も正しく俺の頭なり顔を目がけてはいない。どうもずれている。例え撃ったとしても直撃は無いのではないかと思わせる程だ。あははっと笑って見せる。 しかし、どうにも男達の表情が堅い……閉鎖的な人種のようだ。
俺は、屈強な男達に腕をはがい締めにされて連行された。機材荷物やカメラも没収されてしまった。俺は、すこし広めの事務所風の部屋に通された。昼間なのに薄暗い。電灯の光だけが部屋の木材の質感を照らしている。電気機器らしいものは無い。テレビも無いようだ。 俺は中央にある椅子に、強引に座らされた。屈強な男が俺の腕を抑えて二人。そして、奥には白衣を着た人が一人居た。雰囲気的には医師という感じだ。今、部屋の中には俺意外に三人居て、全員がやはりサングラスを掛けている。部屋は静まりかえった。 バタンッ。 不意に、ドアが開いた。白髪交じりの初老の男が一人入ってきた。肌の茶色は濃く、威風堂々として偉そうな風を受ける。他の三人の表情から、どうも村長という感じだった。サングラスを掛けた、その村長らしい人が重厚な声で言った。 「日本から来たんだって? 日本のテレビ局か。何の取材にやって来たのだ?」 俺は、包み隠さずに返答した。要するに、『一つ目人種』についての取材であると。 村長は、しばらくというか俺はかなり長く感じたが、考え思案しているように何かに物ふけっている。 決意したように、村長は言った。 「仕方がないな……。こういう時がそろそろ来ると思っていた。そういうタイミングだ」 そう言うと、村長は、俺の眼の前に顔を近づけた。吐息まで感じるような距離だ。 「まあ。こういうことだ」 と村長は言ったあと、おもむろに自分のサングラスと外した。 ひいいいっ。 俺のお尻から背筋、首筋に変えて悪寒の電気が走った。『一つ目』だった。村長は続けて。 「さあ。お前達も見せてあげなさい」 俺の腕を掴む屈強な男二人と、白衣の男がサングラスを外した。 全員同じ。『一つの目』だった。 普通より一回り大きな目がギョロっとしている。巨大ではないが、普通の人間よりは異様に大きい。だが、位置は普通の人と同じだった。要するに大きさを無視すれば、単に『片目の人』と同じだ。 そういえば、ライフルを突きつけられた時に、その銃口がずれていたな。ふいに、思い出した。隻眼の片目の人は、両目による立体視が出来ない。しかし、幼い頃から片目の場合は、日常の経験から脳が自然に判断して、人や物の『影』によって距離を掴むという……。そういえば、あの時は真昼だったな。
「さて……」 村長は、サングラスを再び掛けながら言った。 「さて。どうしたものか。日本人の君は、この現状を取材して。カメラに映して日本で放映するのかね? ……それは困るな。我々は、物珍しさで見世物にはなりたくないのだ。過去には……随分と昔だが先祖が街の人々に連れられて、酷い扱いを受けて見世物になった。だから我々は、この僻地で細々と暮らしてきたのだ。お前には、見世物になる者の気持ちが分かるか?……。そういえば、お前は、『二つ目』だな……」
俺の鼓動は、激しかったが何かまだ余裕があった。まだ可能性があると思って俺は言った。 「いや。落ち着いて欲しい。『見世物』であることは確かに変わりはないのですが。ただ今は昔とは違うのです。衛生中継は世界の隅々まで延びて……インターネットは世界中の情報を送信して……いや、とにかく過去の閉鎖された世界とは変わってきているのですよ。まあ、初めは確かに、奇異と興味本位の目で見られるかもしれないが……。人権を侵害するような状況にはなりません、決して。それに……お金持ちになりますよ。こいう珍しいことには日本のテレビ局は莫大な出演料や放映料を支払いますので……」 村長は、俺の顔をまじまじと見てから、ニヤリと笑って言う。 「金か……確かにそうだな。だが、我々にも尊厳というのがある。やはり見世物になるのは御免だな。確かに我々は閉鎖した村なのだよ。秘密が外部に漏れるのは、とても困る……殺すか……」 俺は、『殺す』という表現にビックリした。驚愕した。今どきの世の中で、確かに辺境とはいえ、秘密を知られまいと人を殺すなんてことが……俺は非常に焦った。もう余裕も無い。 「ま、ま待ってくれ! 殺さないでくれ! 俺は知らなかったんだ! 助けてくれ! このことは忘れる。誰にも言わない!」 村長は、焦る俺の顔を見てさらにニヤリと微笑みながら。 「殺す……ことも確かに無いか。『誰にも言わない』という君の言葉を信じることは出来ないが。いや、信じてもいいが。君の存在自体が、バレることになるからな。もう、君は我々の仲間だからだ!……」 村長は、俺の顔の目の前に、手鏡を突き出した。鏡に映った俺は……。
俺は、『一つ目』になっていた。
鏡に映った俺は、俺の顔でなかった。俺の右目は無くなっている。前にあった右目の位置には、肌色の平らな皮膚があるだけで。”眼”はなくなっている。瞼もまつ毛も、眼の切れ目すら無い。震える手で、俺の『元右目』を触ってみた。 何も無い。平らな皮膚だけだった。その奥にあるはずの眼球すらなかった。しかも、左目は、見たことがないような大きな瞳で、ギョロリとしていた。 俺の意識は、ふらふらになった。恐怖と悲嘆は、あまりにもの衝撃のためか通り過ぎ、思考が停止している。 だが、しかしそういえば『我々の仲間』と言っていたな。もしかして俺は、殺されはしないのだろうか?
村長の代わりに、白衣の男が近づいてきて、優しく言った。注射器を持っているようだ。 「私は、医者だが。確かに、君は仲間になったな。とはいえ、これは実際には伝染病なのだよ。『一眼病』という。潜伏期間は、約三分で。発病すると、即刻に肉体に変化をもたらす。君が今、体験している通りに。だが、大丈夫だよ。この注射を打って、再感染さえしなければ、約三ヶ月で元に戻るはずだ……。このサングラスをしておきなさい。サングラスを外すと、”有る方の眼球”から他人に空気感染するから気をつけるように……」 白衣の医者は、俺の腕に注射をしてから、ゴーグル型の”少し大きめ”のサングラスを俺に渡した。 村長が、重い言葉で言った。 「君を殺すことは、止めよう。ただしカメラ機材は没収しておく。その他は全て返そう。そして我々の秘密は他言してはいけない。君の身元はもう分かっているからな。後からどうにでもなる」 俺は、解放された。貴重品や手荷物は、無事に帰ってきた。俺は、とにかく貰ったサングラスを掛けて、後ろを振り返らずに走った。村の外に置いたレンタカーのところまで。
白衣の医師が、村長に言った。 「でも、よいのですか? あの男を帰してしまっても……知れずに殺すことも可能でしたが。それに何故あのような嘘を言わせたのです? 最悪の場合、病原菌の感染源として特定されて、この村自体を危険にさらすことに」 村長が言った。 「仕方が無いのだよ。日本人を殺しては国家間の問題になりかねない。行方不明だけでは、なかなか済まない国だからな。確かに『約三ヶ月で治るはず』というのは嘘だが……彼はもう治るまい。彼は仲間となった。治らないと知れば、やはり警察なり病院なりそれなりの機関へと駆け込むだろう? それに……ちょっと微妙なタイミングではあったのだがね。いずれは足がつくのは時間の問題だろう? そのリスクを冒しても……」 「恨みというか、報復というか……世界と世間への。まず、インターネットで噂として喧伝してから。我々の村民が世界各地に散って行動する……。まあ、日本人のあの男を解放する目的は同じになったからな結局は」 医師が苦笑いで言った。 「しかし、村長。この壁に掲げているポスターはまずかったのでは? あの日本人は読めなかったようですが」 村長も苦笑いで返した。 「確かに。これは私のミスだった」 壁には、このような文字のポスターが掲げてあった。
『世界に広げよう一眼の輪! キャンペーン中』
〜〜日本〜〜
俺は、とにもかくにも日本に。会社に帰りついた。空港でも呼び止められはしなかった。病原菌の検査を強要されることもなかった。大きめのサングラスを掛けていることに、不信の視線で見られてはいたが。 まずは、機材管理部へカメラ機材を交通事故のために、破損し紛失したと報告した。たまに会う同期や会社の人には、眼を直射日光でやられて当分はサングラスを外せないと……。 ふう。 俺が出発する前のままの、汚い自分のデスクに辿り着いて、倒れ込むように座った。 一息ついているときに、前の机の同期の女の子が、こちらに身を乗り出して小さい声で話しかけてきた。 「ねえ、ねえ。大変だったわねえ〜。目大丈夫? 噂の『一つ目』にはなっていないようね? ははは。病院で何か感染が無いのかを確認取ったのでしょう? 南米A国の○○村って何だか。今、そこですごいことが起きてるみたいよ。速報で。特集でテレビでもやっているわよ。それに酷いわよねえ。佐藤Dは。知っていて行かせたのかしら? 以前からネットで噂にはなっていたのに……」 俺が、視線をフロアの奥の方に向けると。頭上テレビの辺りに人が集まっていた。俺は立って行って見ると。
『伝染病が確認されたA国の○○村には周囲五キロにわたって、完全封鎖され……人の出入りは完全に制限されている模様……病原菌の種類などの特定と情報は未だ発表されず……』
テレビで臨時ニュースとして報道されている。俺の背後の遠いところから、聞きなれた嫌な不愉快で、不機嫌な声が近づいてきた。 「おい、田中! お前ってやっぱり馬鹿野郎だなあ。おい。カメラ機材ぶっ壊したって!? 本当にバカだな。まったく! スクープだってのによ」 俺は、冷めた目をして真っ黒なサングラス越しに言った。 「佐藤D。このこのは知っていたのですか?」 佐藤Dは、鼻であしらうように軽薄な口調で返答する。 「うん? まあな。でも得ダネのチャンスだったろ? おい。しかし映像が無いとはなあ。どうしようもねえ。でもよ、おい。面白いネタくらいは持ち帰ってきたんだろな?」 俺は、冷淡に言う。 「ええ。もちろんですよ」
そう言ってから。俺は、サングラスを外した。
おわり
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