気が付くと突然に、私はエベレストの山頂に立っていた。
目の前には、横風の白いブリザード。吹雪きの強風が真横から水平に私を通り過ぎる。真っ白な横風の隙間から、遠くのほうに青空が少しだけ垣間見える。何故? 眼の前には紫外線防止も兼ねるゴーグルの窓が何故かあった。 「はあ、はあ、はあ。苦しい……くるしい……」 自分の声が聞こえる。酷い頭痛だ、割れるように痛い。視覚と意識が朦朧とする、焦点が合わなくなってきた。 「あうぐっあ……はあっ」 無意識に口が開いていた。口内が乾いてカラカラだ。空気が……無い……足りない……苦しい。無意識に私は、自分の口元の酸素吸入マスクを掴んだ。思っているよりも腕と手の動きが鈍い。それに手が痺れるし小刻みに震えているのが分かった。 だめだ! 外しては! こんな空気の無い山頂で外しては死を意味する! 空気だ! 空気が欲しい! 自分の本能が無意識に語り始めた。ん? 何故だ? 何故、口元から空気が酸素が出ていない!? 私は腰についている酸素ボンベの計測目盛を見た。確かに、酸素が供給されていない。震える手で、右の腰にある酸素ボンベの供給ネジに触る、弁が絞られて閉められている。私は夢中で弁を開いた。私の耳には猛吹雪の音を越えて、シューという空気が供給される音が聞こえてくる気がした。私の唇に酸素の風を感じた。
しかし、何故。私は、ここに居る?
私は両手で口についているマスクを震えつつ押さえながら、酸素を貪り食った。 しかし、何故。私は、ここに居る? 記憶が無い。ここがエベレストの山頂であることは直ぐに分かった。大学時代からもう何度も到達している場所だからだ。でも、ここまで来た記憶が、全く無い。 「はあ、はあ、はあ……」 私は、思い出そうとして記憶を探る。相変わらず体は酸素を必要として息の荒いが、徐々に楽になりつつあった。 まさに突然だった。突然にして目の前に吹雪きの光景が広がり、見覚えのあるこの山頂の風景を目の当りにした。直前までの記憶がまったく無い。何故だ? 私は自分の脳内の記憶を、意識して巡って見た。一番近くに浮かんで来たのが、『夏になったらエベレストに登ろう』という女性の声だった。
ブラックアウト!? 記憶が飛んでいる? 急な酸素量の低下で、私は記憶を一時的に失ったのだろうか?
とにかく私は自分の記憶をなるだけ思い出そうとした。私の名前は、田中浩一。二十三歳。血液型は、A型で。今年大学を卒業して、今の会社に就職した……はずだ。それで、長期休暇の間、私はOBとして大学時代の山岳部の後輩達と共にエベレストへ登頂しようと……無論、比較的登山の楽な夏のシーズンで。 確かに、私の記憶の最初の感覚は、夏だった。しかも初夏だと思う。大丈夫だ、自分の記憶は有る。私は発狂しておかしくはなっていないようだ。多分……でも何故今が冬なんだ? 甦りそうで浮かばない記憶がもどかしい。
「……ガガガッ……コウ…イチ…浩一! 大丈夫か? 聞こえるか!? ガガガッ……」 私の耳の中に、猛吹雪の音に混じって誰かの声が入ってきた。無線の声だった。 心臓の鼓動が正常に戻ってきて、血液が体全体にめぐって来ているのを感じる。手の震えも少し治まっている。声の主は?……そうだ、先生。『近藤洋一先生』大学の恩師であり山岳部の部長でもありかつ、エベレスト登頂部隊の隊長でもある。近藤先生の企業的な”つて”のお蔭で、高額費用の掛かるエベレストの登山が何度も出来るのだ。 「……せ、先生……隊長! こ、近藤先生!……」 口が渇く、唇がまだ震えていた。しかし腹の底から声を絞り出した。私の耳に返答されたのは。 「……ガガガッ……浩一! 聞こえるのか? 返答しろ! ……」 私は、自分の腰についている無線装置のボタンを見た。送信が出来ない状態になっていた。私は夢中で送信ボタンをオンにして、さっきより大きな声で叫んだ。私は助けてくれと必死に叫んでいるようだった。少し間を置いて私の耳には、少し落ち着いた声が流れ込んできた。 「……おお。浩一! 大丈夫なのか? よかった無事だったか。まずはまずは落ち着け。……ガガガッ……体は大丈夫か、そして状況は? 酸素残量を確認しろ。そして、他のみんなは?……」
誰も居ない!? 私一人!? 何故? 誰も居ない?
私の顔面の血が一斉に引いた。周りをゆっくりと見回したが……。確かに誰も居ない。エベレストの山頂は、思っているよりもとても狭い。畳み二畳くらいの広さしか無い。直ぐその先は断崖絶壁だった。そしてこの山頂に到達するためのルートは、『ナイフブリッジ』とも呼ばれる鋭利なナイフの刃を上にしたような道で、両側がほぼ垂直の切り立った崖になっている。勿論、一人ずつ一列でしか歩く幅はない。数人の隊を編成して、お互いをフィックスロープという綱で繋ぐ。まさに命綱だ。 自分の経験からいっても、エベレストの冬登山での単独登頂はあり得ないし。出来るはずが無いし、私がするはずがない。 しかし実際には、この山頂には自分が一人居て、他には誰も居ない。私は、右手を耳に当ててからマスク内部の集音マイクに向かって喋った。 「せ、先生! 自分は記憶を……記憶を一部失ってるみたいだ。全然思い出せない。記憶が無い……それに、それに、自分の他にここには、誰も居ない……」 少し焦ったような声で、しかし気持ちを抑えつけるように、近藤先生の低い声が私の耳に届いていたが。 「……ブラックアウトか? 酸素吸入は大丈夫なのか? まずは落ち着いて状況を説明しろ……」
私の耳に届いていたが……。何気なく地面を見ると、その視線の先には人型の白いこんもりした雪の膨らみが、地面に倒れた状態で盛り上がっている。私は無線の声には、反応しないままで近づいた。 既に、雪が倒れている体全体に積もってきていて真っ白だった。震える手で、積もった雪を少し払い除けた。人間だ! 私は両手で、うつ伏せに倒れている身体を起こして仰向けにした。ぐったりした頭は意識なくグラリと揺れる。眼を見開いて、苦しそうに真っ直ぐを見つめている。
バカなっ? 死んでいる!? 岸本徹だ。私の親友だ。涙が目に滲んできた。
エベレストの山頂に凍結した死体が転がっているのは、珍しく無い。どちらかというと、そこかしこに有る。絶命した死体は、カチカチに冷凍保存され腐らずに残っているのだ。ここの山頂は夏場でも雪に覆われている。それに、ここまで来た剣が峰の道には、約百年前の有名な登山家の死体が凍ったままあって、乗り越えてきたばかりだ。 だが、岸本の死体は柔らかい。凍りついてはいない。あまり時間は経っていないようだが……一体何が起きたっていうんだ!? 意識の遠くの方で、近藤先生が私に何かを話しかけているが、私はそのまま無視し続けた。あまりの奇異な状況に言葉が出なかったのと、状況を把握しなければならないということで頭がいっぱいだった。 ここで、一つの記憶が思い起こされてきた。
私は、何かの目的を持ってここへと来たのだった。それが何かは憶えていない。 頭に浮かんだ女性の声? あっ! 声の主は、『斉藤茜』だった。山岳部の後輩の女の子だ。彼女が『夏のエベレストに登頂したい挑戦したい!』と言ったのだ……いや。この記憶は違う。体力は比較的にあるとはいえ、経験の浅い若い女性を連れて、冬のこの時期のエベレストに登るわけが無いのだ……思い出してきた。四人だ。四人でここへ来たのだった。 大学時代の山岳部の同期の四人。一番仲が良い四人。この四人だけでエベレストを登頂しよう! というのが私達の目的だった。『必ず! 無事に帰ってこよう!』と四人で肩を組んだのを思い出した。 「……ガガガッ……先生! 岸本が居た! 死んでいた! ちくしょう! 何かの事故に巻き込まれたようだ……くそうっ……他のみんなは? どこだ?」 耳の中では、近藤先生が何か喋っているのが聞こえるが、私は叫び声を上げるだけだった。 後の三人は? 何処に居る? 嫌な予感が、後頭部を支配して湧いている。私は、山頂に到達するためのルートになっている剣が峰のところに向かった。もう向こう側は断崖という場所に、その真上に赤いピッケルが刺さり、結ばれたザイルが下に伸びているのが見えた。私は、倒れこむようにして赤いピッケルの横に腹ばいになって、断崖の下を覗き込んだ。
ああ! なんてことだ! 相田悟だ。くそうっ死んでいる。
私は震える両手で、視界を遮るゴーグルにこびり付く雪を除く。二十メートル位下だろうか、視線の先に。真下に近い断崖を覗き込んだ下に、相田悟が下向きに腰にロープで吊るされてぶら下がり、吹雪きになびいて左右に振り子のように小さく揺れている。相田悟の体自身はピクリとも動かない。
もう一人は? 関口一は? あいつは何処に?
私は這うように、ここまで来る剣が峰の道の先のほうに目を凝らした。白い吹雪きに視界は遮られるが、道は見える。それらしい物は見えない。関口一は何処に? ああ……私の頭に推論が芽生える。一番体力の有る、岸本徹は一番先頭で皆を導く。次に、相田悟が二番目に続いたはずだ。通例では、そして三番目が自分で。一番経験の多い、関口一が最後尾の殿を務めた……務めているはず。私は、なぜか関口一が視線のもっと先のほうで剣が峰のどちらか一方の方に落下しているような感覚を憶えた。
「……先生。近藤先生! みんな死んでいる。ああ……皆が死んで、自分独りだけしか生きていない。ちくしょう……なんでこんなことに! 何でここに居るんだ!? 岸本も、相田も死んでしまっていた。多分、関口も……。うう……。う? く、苦しい……?」 耳の中から、いやに冷静に聞こえる近藤先生が言った。 「……どうした? 田中浩一! 浩一! しっかりしろ。 他の皆は死んでしまったのか? 確認したのか? まずは落ち着いて! 意識をしっかりしろ。今は仕方が無いんだ。どうしようもないんだ。自分が生き残る方法を考えるようにしろ……酸素は足りるのか? 空気ボンベを確認しろ……ガガガッ」
く、苦しい。私は自分の腰に見える、酸素ボンベの丸いメーターを確認した。メモリはゼロを指している。 「……先生! 酸素が…酸素が無い…」 先生は直ぐに応答してくれた。 「……酸素が無いのか? 大丈夫だ。気をしっかりと持て! 酸素が切れても直ぐに死ぬわけでは無い。最悪は酸素ボンベ無しでも、帰還できるはずだ。知っているだろ! それに……もし……あいつ等が居るならば……酸素ボンベを借用しよう。お前が、代わりに生き延びるんだ……」
そうだ。そうだったんだ。私達四人で約束したんだ。『必ず登頂して。無事に帰ろう』って。自分だけでも皆のためにも、生きて必ず帰るんだ。必ず生還するんだ。 もう一つの酸素ボンベは?。私は、朦朧としながらも振り返って、仰向けに横たわる岸本徹の死体を見た。突然に、急に自分の右足に痛みが走って。ガクッとなって腰を落とした。 気がつかなかった。私の右の太ももは、厚手のズボンがパッカリと十五センチ程切れて、中に真っ赤な傷口が見える。血は凍結して止血しているが、傷口の周りは凍傷に掛かっていてどす黒くもう既に、壊死を起こし始めている。 私は、四つんばいになって這うようにして、横たわる岸本徹の元に急いだ。雪を掻き分ける自分の左手に、固い物の感触が当たった。手で拾い上げる、それはピッケルだった。岸本の青いピッケル。その先には、真っ赤な血がこびりついて凍っている。岸本徹は、狂気の凍った表情で、見開いた視線で私を凝視している。 まさかっ? 私が殺してしまったのだろうか? 私は、岸本から腰についている酸素ボンベを取り外し。まだ岸本の酸素ボンベには半分ほどまだ残っている。これなら一番近い、中継キャンプまで行けるはずだ。自分のボンベを落として、自分の腰に装着した。 『岸本。助かったよ……』 私は直ぐに、岸本の記憶を呼び覚ましていた。『斉藤茜』はとにかく可愛かった。斉藤茜が大学一年で入学してきて初めて見たときは、その可愛らしさと美しさに愕然としたくらいだ。山岳部のアイドルだった。いや、学校中のアイドルだったんだ。勿論、私達四人も、彼女に惚れていた。私も好きだった。四人の中では一番に彼女への執着が深かったのが今、眼の前に倒れている岸本だった。 最近……? ん、自分の感覚では夏だったが。もう少し前だったか、あれは春だったのか。斉藤茜は、山岳部の部長であり先生でもある、近藤洋一先生と恋仲になった。婚約してから、卒業して結婚するんだなんて話しも聞いたこともあった。私は、私を睨むように見ている岸本と視線を合わしながら考えていた。斉藤茜が近藤先生と付き合ったことは、岸本にとってまさに狂気にも似た嫉妬の感情の嵐だった。それを激怒のように感情に現していた。無論、私もとても残念に感じていた……相田も関口も……。 岸本の嫉妬の憎悪は、斉藤茜と付き合うことになった近藤先生に向かった。岸本の奴は、この登山で事故死に見せかけて、殺してやりたい。とまで言うようになっていた。 岸本徹……。何故ここに来て、エベレストの山頂に来てとち狂ってしまったのかは解らないが。私達四人の間には、いがみ合いは無かったはずだから。きっと極度の低酸素症に掛かってしまって、無意識の狂気と化してしまったのだろう……。私は自分の口から、酸素が供給されているのを感じながら。 『岸本。助かったよ……感謝してる。君の行動はこのまま雪の中で永遠に凍結したままだろう。私は君の名誉を侵害したりはしないよ。とにかく助かった……さよなら』
私は無くしたしまった、自分のストックの代わりに、岸本のストックを取り上げた。自分の右脇に支えとして立ち上がった。とにかく岸本を含めた三人のためにも、自分のためにも助かるんだ。帰るんだ。 私は、エベレストの山頂を後にして右足を引きずるようにして、帰り道の吹雪の中の剣が峰の方へと向かった。さっきまでの猛吹雪ではなく、幾分とは和らいできていた。助かる……よかった。 山頂から離れて、三十メートル程進んだのだろうか。私は、バッタリと前かがみに倒れこんだ。うつ伏せの状態になったままで身体が思うように動かない。右足そして、左足も感覚が無い。麻痺している。腰の所まで、何か感覚がまったく無くなってしまっていた。まるで上半身だけの人間の身体になったようだ。私は動く両腕と上半身で起き上がってみて仰け反って、天を仰いだ。雪の風の間に、真上の遠い空の隙間から、きれいに透き通る青い空が見える。
まずい! 極度の低体温症と、低酸素症だ。身体に自由が無くて鈍い。酸素を吸っているのに体に吸収されていない感覚。非常にヤバイ! 遠くに見える青い空が、真っ暗になり始めた。私の視野に暗闇が広がった。 私は、顔を地面の雪の中に、うっ伏した。 もう冷たさも苦しさも感じていない。全身の苦痛が和らいできている。耳の中の遠いところでまだ聞こえる。 「……浩一! どうした!? 返事をしろ! しっかり頑張れ! 第三中継キャンプまで頑張れ! そこまで行けば助かるぞ!……きっと……」 きっと? そうだ、第三中継キャンプは、ここから一番近い中継場所。そこには、予備の酸素ボンベと簡易治療薬と食料もある。そこまで行けば、きっと助かるはずなんだが……体が動かない。
近藤先生の声。第三中継キャンプ場……。私は暗闇の中で、雪の中でうっ伏したままで、何かを思い出そうとしていた。思い出せないでいた記憶。何だろうか? 何か深い嫉妬心と後悔と懺悔。そう夏のエベレスト。山頂付近は雪に覆われているが、第三中継キャンプ場のあたりは、比較的に過ごし易い。そうだ夏にここに来ていたんだった。『近藤先生』と私達四人と、そして『斉藤茜』と六人編成の登山隊だった。彼女は、エベレスト登山が初体験だった。中継キャンプを何箇所か経由して、高山病にならないようにとゆっくりと数日間滞在してさらに上へと目指していく。無線で連絡があって、ふもとのベースキャンプに問題が発生した。近藤先生は、私達にこの場所でしばらく残るように言い残して、一人でふもとのベースキャンプに戻っていった。今後のことは後で指示するからと……。斉藤茜と私達は、一番大きなテントに集まって、静かに喋っていた。このテントは割と広く快適な環境だった。 私の鼻の記憶が思い出す。斉藤茜から発せられる甘い匂いと、若い女性の香り。そして彼女の肉感的な姿態……彼女の豊かな大きな胸。それで……? 私を含めた四人で、彼女を代わる代わるに犯していた。私は、他の三人の仲間を思い出していた。 私が、殺したのだろうか……? 私は、深い闇の奥底へと落ちていった。
〜同時刻の東京〜
斉藤茜は、独り暮らしのマンションの一室で。うす暗い部屋の中で一人立っていた。ついさっきまで明るかったのにすぐに暗くなり始めていたのだった。斉藤茜は、机の上にある三通の便箋のうち、直前に読んでいた開けた方の手紙を手にとって、部屋の明かりを点けた。 斉藤茜は、無表情に手紙を読み返す。 『斉藤茜様 私達四人の罪をお許しください。今頃は、エベレストの山頂付近で、私達四人は死んでいるでしょう。 あの夏の日のエベレストのテントの中で起こった出来事。私にとっては魔が差したとしかいいようがないのですが、もやはいい訳は出来ない現実です。妹のような存在のあなたに一生消えない傷を、心と身体につけてしまった。若い女性の貴方にとってどれ程辛いことであるか。私の行動は、言い逃れの出来ない大罪です。私は自首しようと思ったが恐れて出来ない。家族も、貴方にも迷惑がかかるかもしれない。いや私自身の名誉にまだ未練を感じているのかもしれない。私は、死すべき非弱な人間です。 私は、他の三人と共に貴方に対しての謝罪と償いをすべきだと話し合いましたが、他の三人は聞く耳を持たなかった。三人は平然としていた、今の世の中ではよくあることだと。私は愕然として、彼らを説得したが反省の色はついに無かった。私一人でも、貴方に謝罪すべきと思ったが、彼ら三人はそれを知ると私を脅すようにして止めた。そんなことをしても彼女は、誰にも言えないとさえ。結局私も、今日まであなたには何も謝罪も出来なかったのですが。。私は精神的な苦痛の末に、私達が死すべき存在であることに変わりはない。と思い始めたのです。私は、決意したのです。私は罪を犯した、聖なる山で犯した罪は、聖なる山で償って四人共に死ぬべきだと。死んでお詫びしたい。 もう婚約者となっているだろうか、近藤先生は何もご存知ないでしょうが。大変に申し訳ないことをした。お詫びしたい。許されないだろうが。 私が、他の三人を殺して。私は、自殺するでしょう。 この便箋の手紙のほかにあと二通を送ります。一つは、私が殺人を犯すことへの宣告と。もう一つは、私達四人の貴方に対して犯した罪の内容と私の謝罪文です。警察へと届けるなり、貴方の自由に選択してください。 最後に、さらに。お詫び申し上げます。 田中浩一より』 斉藤茜は、小さく震える手で、三通の便箋と手紙を微塵に切って。ゴミ箱に捨てた。
〜一時間後のエベレスト山腹のベースキャンプ〜
「近藤隊長! 先生、しっかり! 今地元の山岳救助隊から連絡が入り、悪天候が明ける四時間後には到着して救助隊を山頂へと向かわせてくれるそうです。連絡が途絶えてから……約一時間……もう残念ですが彼ら四人はもはや……」 無線通信機の前で、伏せっている近藤洋一は起き上がり、連絡をくれた隊員の一人である補助教員に礼を言った。 「ありがとう……。そうか四時間後か……。残念ではあるがどうしようも無い……。彼らが生存していることを祈るしかない」 近藤洋一は立ち上がって、去ろうとした補助教員の背中に向かって言った。 「なあ、君。罪を犯した者は、それ相応の報いを受けるとは思わないか? 私に罪はあると思うだろうか?」 補助教員は、やさしい声で言った。 「先生。罪だなんて……そんな風に考えてはいけません。彼ら四人は冬登山も経験豊富で、初心者ではありませんでした。そして、四人のみの登頂は彼ら自身が、強く望んだことだったのですから。先生に罪はありませんよ」
近藤洋一は、ありがとう。と言ってから壁側に振り向いた。心の中で言う。 『私が言ったのは、私の罪では無くて。彼ら四人の罪だよ。私と茜の恨みは見事に果たした。無論彼女は、私が知っていることすら知らないだろうが。私自身は罪を犯していない。私は何もしていない。まったく知らない無知の立場で居ただけだ。ただし、田中浩一。責任感の強い彼には、それを増幅させるように全く知られずに、さりげない言葉によって誘導しただけだ』
近藤洋一の口元が緩んだ。
おわり
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