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ガラスケースの少女

その美しい女の子は、ガラスケースの中に入って僕の部屋に送られて来た。


人間の貪欲は、商業活動により加速する。環境破壊は止められない。自然のことを考える人間など人類全体からしたら極一部だろう。だから、人間は、自分で撒いたものを刈り取ることになる。
男と女は、倫理的に別な生き物だと言うが実際にそのようになった。
悪化した地球の生活圏の環境に、男の体質は耐えることが出来たが、女の体は耐えることが出来なかった。まさに、女は地球の環境では生き残れない生物となった。

大きなクリッとした瞳の少女の目線が、僕の眼に入る。目が逢った。ハタハタと彼女の長いまつ毛がはためく。彼女の白い頬が、淡いピンクに染まる。僕の顔は、多分真っ赤だろう。僕は、先に目線を外した。
生身の女の子を見るのは、初めてだ。写真やテレビでは良く見るけど。僕は、生きている女の子を見たのは初めてだった。
とはいえ、彼女は、ガラスケースの中に入っているけど。
そう、僕の世界は男の世界だ。女性は、この世界で生活していない。町中で女の子を見ることは無い。それは普通のことだった。

外の夕焼けの橙色光が、僕の安アパートの部屋の奥まで差し込む。六畳間の部屋の中央にドンと、そのガラスケースが重たい存在感で今も在る。僕は、どうして良いか分からずにガラスケースに入っている彼女をそのまま放って置いていた。洗濯したり、いつもは余りやらないトイレ掃除をしたりと、ちらちらと彼女を見ながら。
ガラスケースの彼女は、眠っていた。疲れたように。内側のガラスに寄りかかって、くたっと眠りこけている。
僕は、そっと近づく。と言っても狭い部屋だからすぐそこだけど。
すごく透明で大きなガラスのケース。
狭い部屋の三分の一くらいの大きさで。天井の電灯に当たりそうな高さだ。ガラスケースは円筒の形をしていて、底は三十センチほど上げ底になっている。底以外は、三百六十度に上部も合わせて、透明なガラスで出来ている。こんなデカイ物が、僕が仕事から帰ってきたら突然に自分の家の部屋の中に置いてあったのだ。一体どこから入れたのか。物理的に不可能だが。

彼女の長いまつ毛が美しい。黒いさらさらの髪に、白い透き通る肌がきれい。かなり若いと思うけど。自分達の年代からすると、高校生世代だろうか。17、18歳という感じだ。写真で見たことがある。整った顔立ちは、美しいとも見えるしカワイイとも見える。とっても僕のタイプだ。白いブラウスに、少し大きめの胸元が目立つ。薄手の黒いスカートの中からニュウっと細くて綺麗な長い脚が生え出ている。裸足だ。
眠っている彼女の周り、ガラスケースの円の廻りを回って見る。
特にガラスケースの周りには、何も無い。寝ている彼女の手の先に、スラッとした指先の床の所に、小さなボタンが何個がある。押すと何か機能するようだ。小さな換気口もある。
ゴンゴン。
ガラスケースを手の甲で軽く叩く。思った以上に重い音。ガラスの透明感に比べて、かなり分厚いガラス壁を感じた。音は中に通るのだろうか。
彼女が起きた。僕と彼女の目が遇う。
彼女はかなりびっくしした様子で、直ぐに視線を下に向ける。僕は、彼女よりもビックリして後ずさり後ろの壁に背中を強打した。彼女は少し下がって、スカートの裾を伸ばす。かなり照れて両腕を胸に押し当てた。
彼女は、フッと何かを感じた表情をして、床のボタンを押す。
すると、突然にガラスケースのガラス全体が、真っ黒に変色した。中は真っ暗となって何も見えなくなった。音は何もしない。無音だ。
しばらく経っても、ガラスは真っ黒のまま。僕は心配になって、そっと耳をガラスケースに当ててみる。
また、突然にフッとガラスは元の綺麗な透明のガラスに変化した。中の彼女も僕も共にビックリして、目が会うと、ちょっとハニカんで少し照れて微笑む。僕もつられて微笑んだ。
彼女は、ふわふわの白いタオルを持っていて、両手を拭いている。さっき見たときは無かった物だ。僕の目線が、彼女の手にあるのを彼女が感じたらしく、彼女はタオルを持ったままで両手を背中に回して隠した。
まったく音はしなかったけど、雰囲気的にさっきの真っ暗は、彼女のトイレタイムではなかったのだろうか。

「名前は何ていうの?」
僕は、ガラスケースの中の彼女に尋ねた。彼女は、『ん?』という表情をして、『わからない』と首を少し横に振る仕草。彼女は、長い人差し指を自分の耳にトントンと触れる、聞こえない?! 僕はさらに大声で。
「名前は! 何と言うの!?」
と訪ねる。彼女は、相変わらずに『わからない』と表情。僕は想い余って、握りこぶしでガラス面を強打する。
ドンドン。
鈍い重低音。中の彼女も、同様にして弱々しい細腕で、ドンドンと内側から叩いた。
彼女が叩いた音は、全くしない。全く聞こえない。無音。
音の声の連絡は、全く取れないという事が分かった。

『美恵』
彼女の名前。多分。口パクで読み取った平仮名だった。『ミ・エ』と。僕は彼女の名前を知ることが出来て、とっても嬉しかった。僕も自分の名前を、同じように口パクで教える。彼女もうれしい表情をした。
名前を交換してからの僕達は、少しずつ心が打ち解けていくように感じられた。会話は、どうやっても出来ないけれど。必死に身振り、手振りで感情を彼女に伝える。
僕が、持っているマンガを見せる。ガラスに本を押し当てて、彼女が読む。僕がページをめくる。彼女はたまに無邪気に笑う。
一緒にテレビを見る。男しか出演しないテレビ番組だけど。だいたいは、『?』の表情をしている。大道芸のチャンネルだけは、彼女も理解できたようで、ケラケラと笑う。僕も真似をして、ガラスケースの前でおどけてみせる。変顔をしたり、部屋をおかしく転げ回る。また彼女が笑った。
僕は、彼女の笑顔が大好き。
そう。僕は筆談が出来ることに気づいた。画用紙に質問を書いて、彼女に見せる。彼女は、YESかNOの返事をする。彼女側には、筆記用具が無かった。でも意思の疎通は出来た。時には、画用紙に数個の選択肢を書いて、彼女の指がそれを選ぶという風にして。
彼女の名前は、実は、『恵美』だった。逆だった。僕の方の名前はちゃんと彼女に伝わっていた。
彼女は、16歳だった。年齢の割りに幾分、大人に見える。身体つきや長い肢体が、大人の女性だった。顔は確かに若い。少女の笑顔だ。
彼女は、女の世界から来たようだった。女だけの世界。街がすっぽりと入ってしまうほどの巨大なドーム施設で生活していたのだと言う。
気が付くと、突然にガラスケースの中に入れられて、僕の部屋に置かれていたという。
『恐くないの? 恐怖を感じないの?』
僕は、筆談を続ける。
緊張はするけど、恐くはないという。

ドーム施設の女達は、将来に男と逢うための教育を受ける。小さな時から。だから、自分がどうやって男と出会うかを自身が知っていたのだった。

彼女は、僕に出会えて嬉しいと言った。勿論、聞こえた訳じゃない。表情と仕草で感じた。僕が彼女の瞳を見つめると、彼女も僕の眼を見つめた。
彼女への愛らしさは、僕の中で湧き上がって膨らむ。愛情に変わった。
触れ合いたい。
僕は、彼女を見つめながら右手の平をガラスケースの表面にぴったとくっ付ける。彼女も僕の掌に自分の手を合わせた。合わさった手に視線をやると、以外とガラスケースは薄かった。彼女の掌までは、1cmも無い。
ガラスの壁を割りたい強い衝動に駆られる。彼女と眼が合う。でも、それは出来ない。彼女が小さく首を振った。

僕達は、ガラス越しにキスをした。自然に。

彼女に触れられないもどかしさ。苛立ち。強い衝動。激しい怒り。僕は、ガラスケースに三回頭突きした。そして、虚しさが心を占拠する。
彼女は、僕のおでこをやさしく撫でてくれた。
彼女を見ると、やさしい微笑みの中に、何故か哀愁の表情が曇る。何か迷っているようだ。僕はそれを強く知りたい。
トントン。彼女の細いきれいな一指し指が、ガラス越しの僕の顔の前で叩く。僕に合図を送っているようで、彼女は、斜めしたの腰の辺りを指差した。
気が付かなかった。彼女が指差した咲きの、ガラス面に丸い穴が一つ開いている。といっても透明なガラス面に透明なゴム状の膜のようだ。指が三本か四本ほど入る膜に覆われた丸い穴。
僕の心の底から、何かいやらしい感情が自然に湧いて、自分の彼女への純な気持ちに恥ずかしさを覚える。僕は、自分の指を二本その膜状の穴に入れると、指がニュウと中に入った。彼女は、膜に覆われた僕の指をガラスケースの中から彼女の指で触れてくれた。
彼女の指の感触も、温かさも伝わってくる。僕の妄想は、その穴の使用方法を理解した。

性的な激しい衝動。破廉恥で恥ずかしい感情も。彼女の体に触れ合いたい想い。激しく渦巻いて、何がなんだか解らなくなった。ただ、男の人間としての衝動が僕の思考を支配していく。
その気持ちは、彼女も同じだった。お互いにもう一度キスをして。僕らは、お互いに裸になって、その穴を使ってセックスをした。
ただ、激しく彼女の体を求めても、触れられないことに変わりない。ただ、自分の性欲を満たそうとしている自分に後悔する。でも止められない。虚しさと欲望と、自分に対する失望感。僕は、勝手に果てた。
激しい性欲は、消えて無くなり僕の心は、激しい後悔と虚しさと失望に満たされる。
僕は、激しく泣いた。泣き崩れた。
彼女は、それでもやさしい穏やかな表情で、やさしく僕の顔をガラス越しに撫でてくれる。
その夜、僕と彼女は1cmに満たないガラスを隔てて、ずっと一緒に居た。お互いの顔を撫であいながら。お互いの頬をくっつけながら。
夜が深く更けると僕は、睡魔に襲われて眠ってしまった。それでも、前に僕に魅せた、彼女の哀愁の表情が曇りが気になっていた。

朝の光を瞼に感じて、僕は目覚めた。彼女は、僕の部屋からいなくなっていた。彼女のガラスケースも。
六畳の部屋がとても広く感じられる。僕の虚無感が、部屋を満たした。

それからー。僕の生活は、いつもの生活に戻った。男だけの世界に。いつ部屋に戻っても、彼女に会うことは無い。
純愛の気持ちと、激しい性衝動。恥ずかしくて他人には、あの時のことはとても話せない。
彼女の哀愁の表情が曇りとは…。単なる性交渉が別れを意味していることを知っていたのだったきっと。

〜〜〜
悪化した地球の生活圏の環境に、男の体質は耐えることが出来たが、女の体は耐えることが出来なかった。まさに、女は地球の環境では生き残れない生物となった。
国家政府は、人類の生命の維持のため、女という人種を保護し人工の巨大なドーム施設に住まわせた。女は、そのドーム内の無菌無毒の環境からは出られない。女は、外気に触れることも空気を吸い込むことも出来ない。
人類繁殖の危機。
人間の繁殖能力とは、ただ精子と卵子の組み合わせという訳ではない。男と女が互いの異性を意識することが必要だった。恋愛は別にしても、異性への意識が最低限の条件だった。異性への意識は、自分の体を変化させ、繁殖に向けて身体の機能が動き出す。健全な精子と卵子が体内で生成される。後は、出会うだけとなる。
ガラスケースの膜によって収集された精子は、精練されて準備の整えられた女性の体内の卵子と人工授精させられる。そして、ドーム内において、新しい人類が誕生する。
そして、性別によって、住む世界が別たれる。
〜〜〜

僕は、彼女をいつも待っている。彼女に逢いたい。とても逢いたい。



   おわり

ひろ
2007年09月01日(土) 22時49分27秒 公開
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